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石巻市に合った城館について

石巻市の歴史の事

宮城県石巻市にあった城館

宮城県石巻市には城館があった歴史をご存じでしょうか。石巻市には鰐山と呼ばれる丘陵があり、その鰐山の南東凸部を指す標高およそ60.4メートルの日和山に、東西およそ300メートル、南北およそ500メートルの大規模な山城が立てられていたということが1983年に行われた発掘調査で明らかにされました。その山城は鎌倉時代初期に源頼朝の家人である葛西清重が、1189年に起きた奥州合戦の褒美として与えられた所領のひとつが日和山であり、日和山に城館を創築し、1590年に豊臣秀吉(羽柴秀吉)に滅ぼされるまでのあいだ、居城していたという伝承が伝わっている。この城館は石巻城と呼ばれており、発掘調査が行われるまで、日和山が葛西清重の所領支配地であったということも、城館についてもはっきりとしたことが不明であったといいます。発掘調査によって石巻城の存在も葛西清重の所領支配地のことも明らかとなったことから、石巻城跡は石巻のシンボル的存在として保存されています。石巻城があったとわかるものは残念ながら残ってはいないのですが、石巻城趾の碑が現在建てられています。また、石巻城跡は2011年に発生した東日本大震災の際の避難所となり、避難者を守った場所のひとつでもあるのです。

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